恩寵の扉が開くまで part2

(2)自己理解(Self-Realization)の始まり

フ:オーケー。

それが起こると、このシフトにはそれぞれ違ったレベルや段階がある。

アジズや他の教師と、あるいは一人でリトリートをしても、あなたの中で開いたこのシフトは、さらに広がりより深くなって行く。

このシフトこそが、あなたが長い間待ち望んでいたものだ。

恐らく何生にも渡って待ち望んでいた。

それが、マインドから何かマインドではないものへのシフトだ。

以前にOSHOや他の教師といた時も、その一瞥は既に何度も得ていたはずだし、ハートの体験もしていた。

しかし、今度の体験は本当のシフトだ。

あなたの中の「私」という感覚が、キヨタカから何か別のものにシフトした。

それが昨年ハワイで起こった事だ。

だからその起こったシフトを、今後どのように育んで行くかが非常に重要だ。

今後はリトリートに限らず、何であれスピリチュアルな事をする度に、そのシフトによって開かれた中へと、あなたはどんどん深く入って行く。

そしてその体験は、その時々で違った形を取るだろう。

本当のあなたは(それはノーマインドであるが)、例えば「純粋な気づき」に限定されるものではない。 「絶対状態」であったり、「純粋な愛」であったり、様々な違った要素を持っている。

しかしそれらは同じものであり、同じエッセンスだ。

その事が解るだろうか?

その事について、決して混乱してはならない。

今後どんなシフトや違ったレベルの体験を通り抜けて行こうとも、それは同じエッセンスの変化だ。

つまりキヨタカではないもの、個としての自己ではない「より広がった自己」の変化で、それは同じである事を知りなさい。

これが自己理解(Self-Realization)の始まりだ。

自己理解とは、真実の私(True Me)つまりキヨタカではない自己を理解する事であり、それには違った姿がある。

時には「強烈な愛」として、時には「存在の神秘」として、時には「源泉での深い寛ぎ」として、そして時には「理由のない幸せ」として体験する。

しかしそれらは同じだ。

つまり同じものが違った顔つきをしているという事だ。

この事が分るかな?

キ:ええ、なんとか、、。

フ:この事は非常に重要だ。

このシフトが起こって初めて、「スピリチュアルな道」が本当に始まる。

それまでは、あなたはただマインドの中にいる。

私の言っている意味が分るかな?

それが起こるまでは、あなたは探求している。

このシフトが起こった後は、その「反対側」へもっとアクセス出来る様になる。

それこそが「自由」だ。

キヨタカからの「自由」だ。

{何度も「分るか?」と問われその都度「分る」と答えたが、なぜその事を強調するのか、その重要性がその時はさっぱり分らなかった。しかしこの事がわからない限り、次から次へと体験を追い求める探求者の罠から抜け出せず、真実の私に寛ぐ事が出来なくなる。 見いだした自己の光を育むのではなく、別の光を追い求め未来を創り出してしまう。その結果、今のあるがままの自分に寛げなくなってしまう。 ノーマインドは探求者が得るものではないという事実は、理屈では簡単に解る。最初のハワイ個人セッションでも納得済みだった。 しかし、体験としてその事実に寛ぐ事は非常に難しかった。}

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