恩寵の扉が開くまで 完結編

(1)現実とのギャップ

瞑想とは「する」事から「在る」事への橋渡しだ。 しかしこの「在る」という事を具体的に体験しない限り、探求者は「在る」事を求めて、瞑想をやり続ける事になる。

もし私がフーマンに出逢わなかったら、「在る」事を求めた瞑想修行をずっとやり続けていたに違いない。

フーマンは、「これがそれだ!」と明確に指摘して、「私が在る(I AM)」という事の意味を教えてくれた。

特に2回目のハワイ個人セッション(2003年7月)では、疑う余地のない程徹底的に「これ」について働きかけてくれた。

言葉や理論だけではなく、エネルギー的に「これ」を体験させるのだ。

「恩寵の扉が開くまでⅡ」は、その事だけが語られている本だといっても良い。

「する」事から「在る」事へ、私という存在のゲシュタルトが大きく変換する体験をした私は、大きな喜びと勇気に満たされた。

現実社会に直面する事も、全く怖くはなかった。

実際、日本へ帰国してからの数ヶ月は全てが順調だった様に思う。

個人セッションの直後に再び来日したフーマンはさらに私の変化を後押しして、その体験を本にする事を積極的に勧めてくれたりもした。

そうする事で、体験がより明確になり統合されていくと言う。

しかしだんだんと疑いのマインドが生じて来て、次第に本を書く意欲も失われてしまった。

「ただ在る」という状態に寛ぐ生き方はあまりにもシンプル過ぎて、自己の成長がストップしているのではないかという不安を感じ始めたのである。

「真理の海は広大だ。あなたは今舟を漕ぎ始めたばかりではないか!今舟を降りてはいけない。」とアジズに言われた事も、大きかった。

「やはり悟るまでは瞑想修業が必要不可欠だ。」と思う様になり、いつの間にか「する」事の方に再びシフトしてしまった。

さらにプライベートな事で、「在る事に寛ぐ」という状況が吹き飛ばされる事態が起こった。

姉の病気が再発し、不安にかられる姉と母の世話の為に頻繁に実家へ戻る必要性が生じたのである。

実家で家族と向き合い瞑想や魂の目覚めの大切さを語っても、彼らには何の助けにもならない。

「お前の言う事は、霞か雲を食べて生きている仙人の話に聞こえる。魂が目覚めるかどうかよりも、現実社会でちゃんと食べて生活が出来る事、病気が治って老後も安心して暮らせる事の方が遥かに大切でしょ!」

と言われると、反論する意欲すら萎える。

肉親を前にすると、現実社会を頑張って生き抜く事の方がリアリティで、「ただ在る事に寛ぐ」という生き方は、砂上の楼閣に住まうが如くに思えてくる始末だ。

瞑想や魂の目覚めに無関心な相手に、その重要性を説き目覚めを促す力は私にはない。ただ自己の無力感に苛まれるばかりだった。

このままでは、せっかくの貴重なハワイでの体験が無駄なものになりかねない。

この現実にどう対処したら良いのか、フーマンにメールで問い合わせる事にした。

「在る事」をベースとした生き方の再確認と、病気の再発におびえる家族に対してどう接したら良いのか、さらにどうしたら彼らの助けになるのかに関して、フーマンの具体的アドバイスが欲しかったのである。

程なく、フーマンから次の内容のメールが届いた。

>>(2)本当の自己にしっかりと止まる事 〜フーマンからのアドヴァイス〜