恩寵の扉が開くまで 完結編

(10)神聖さ(Sacred)は秘密(Secret)に

フ:ところで私が話した事で、誰もが伊勢へ行く様な事態になって欲しくない。

伊勢神宮へ行けば必ずアマテラスと繋がる訳ではない。

多くの人はそこにマインドを持ち込んでしまい、純粋性を保てない。

ここで話している事は、非常に純粋な事だ。

だからごく少数の縁のある人々に対してのみ役立つ。

この事を人に勧める必要は全くない。

私は伊勢神宮へのお参りを人々に勧めているのではない。

キ:ええ、誤解のないようにします。

フ:神道と言っても、大部分の人はマインドのレベルだ。

ハートが開き目覚めが起こって初めてスピリットと繋がり、そうした物事を理解出来るようになる。

クリヤーかな?

キ:はい、とても明確です。

フ:日本でのリトリートで、この五井先生の祈りのCDをかけようか?

キ:いや、皆なショックしますよ!

そのCDは既に特定の信仰や宗教団体と結びついているのでちょっと問題が起こりそうです。 やはりオリジナルなものをお願いします。 前回あなたの霊的なパワーを目の当たりにしましたので、、、。

{実は前回の来日の際、縁あって某会社のオーナーに対してフーマンが個人セッションをした事がある。通訳として立ち会ったが、瞑想家ではないいわゆる一般の人に対するセッションに立ち会うのは初めてだったのでどの様なワークになるかとても興味をそそられた。 そこでのフーマンのワークは今までとは全く赴きを異にするものだった。 フーマンはその人しか知り得ないはずの悩み、例えばその人の息子の具体的な病名をピタリと言い当ててその対処法を的確に指示したり等々、霊的能力をフルに発揮したそのやり方は驚愕に値するものだった。 フーマンの隠された霊的なパワーに触れた私は「あなたの能力をフルに発揮して少数の探求者だけでなく世間のより多くの人々に働きかけるワークを日本で行ったらどうでしょう。リーラスペースとして全面的に応援します。」と提案した。 しかし「それには全く興味がないし自分の役割でもない。あなたにとっても仕事が忙しくなりあなたの霊的成長の為にも良くない。」との事だった。}

フ:私も独自の宗教を創ろうと思えば、今すぐ出来る。その必要はないけれども、、。

しかし日本に行ったら、あなたと五井先生の繋がりをもう少し深く洞察してみよう。

キ:有り難うございます。英訳された本がありますが、読んでみますか?

フ:いや、私はもう本は読まない。

キ:そうですか!

フ:彼とは、同じ道を歩む兄弟の様に感じる。しかし彼のワークと私のそれとではもちろん違う。

彼は祈りと癒しに焦点を当てているが、私は瞑想や悟り、意識の覚醒の方にも力を入れている。

しかし確かに似ている要素もある。

五井先生が今、あなたの目の前に坐っていると想像してみなさい。

あるいは他のマスターが今目の前に坐っていると想像しても良い。

そしてあなたもまた本当の自分として坐っている。

相手が誰であれ、あなたは基本的に同じエッセンスを体験している。

そのエッセンスは、真のスピリチュアルな伝統の中では全て共通している。

どの伝統でも、その基本にある共通するエッセンスを知る事が大切だ。

ここでワークされている事は、どの場所へ行こうといつでも共通なのだ。

だから「私は誰か?私の道は何か?」という事で、もはや迷う必要はない。

あなたのワークは、ただ「これ」がもっともっと広がるだけだから、、。

どんな人や場所と繋がっても、あなたはもう安全だ。

あなたの中に「これ」というベースが既に創られているので、ただそれがもっと成長して行くだけだ。

私のワークは、あなたがもっと「これ」になる事のみだ。

あなたの存在全体が「これ」に深く入りそれをより深く理解する事を助けている。

クリスタルのようにクリヤーかな?

あなたがなぜここに居るのか、瞑想も五井先生もアマテラスも、ヨガビジャも、全て同じエネルギー的繋がりの中にある。

全てが有機的な全一性の構成要素となっている。

「これ」とダイレクトに繋がる事こそが大切で、神道の事を議論しても意味がない。

キ:いわゆる神道の世界は狂信的な人も多いので、神道にあまり関わりたくありません。

フ:私も、そうした事柄とは関わらない。

キ:純粋な神道は、秘められていると思うのですが、、。

フ:純粋な神道とは、あなたが感じている「今」の事だ。

「これ」こそがそれだ。

あなたがどうして「神聖さ」を感じるのか、それは隠されている。

それを一般化してしまったら、それはいわゆる宗教となってしまう。

しかし、本当のところそれを一般化する事は出来ない。

そもそも神道とはもともと「天皇」の為のものだった。

「天皇」のみが繋がるものとされ、一般の人々のものではなかった。

時代が下るにしたがって、一般化し始めた。

私のワークも同じだ。ある特定の人々の為のもので一般化出来ない。

ある種の物事は、ある特定の人々の間に止めておくべきだ。

これは「純粋」なものだから、「純粋」なまま止めておく。

リトリートでも語ったが、ある種の物事は聖なる次元に属するのだから神聖(Sacred)さは秘密(Secret)にしておきなさい。

徐々に広げて行けば良い。

そうしないと、純粋性を失う。

キヨタカやフーマンは神道に属しているなどと、あらぬ誤解をされてしまう。

ここに神道はない。本当は、神道というものは存在しない。

「これ」しかない。

全てのエッセンスだ。

愛と平和と光と叡智、それだけだ。

それでは、最後にもう一度内側に入りなさい。

{神道についての話を終えたフーマンは、再び目を閉じて内側に入るようにガイドした。再び「これ」に寛ぐ事は非常に容易で居心地が良く、自分が今生かされている事の喜びに満たされた。}

フ:「真実は決して変化しない」という事を想い起こしなさい。

センションンの間たくさんの事柄を話したが、全体を通していつでもここに在り永遠で変化しないものがある。

神は変化しない。

真実を見いだしたら、それに明け渡しなさい。

それ以外は全て幻想となる。

とても良い。

ゆっくりと、セッションを終わりにしよう。

   

>>2日目(2004年3月3日)
(1)私は鏡だ