恩寵の扉が開くまで 完結編

(8)神道コネクション

フ:五井先生もまた、天照大神から同じエネルギーを受け取っている。

今その事が私にはよく視えていて、疑いの余地はない。

あなたが伊勢に行ってアマテラスと繋がった事で、アマテラスはあなたが源泉と繋がれる様に助けてくれた。

五井先生のエネルギーは、彼女のエネルギーと近い。

神道とは繋がりでありコネクションだ。

私は日本人ではないが、神道とコネクションがある。

仏教とは繋がりがない。

キ:え!本当ですか?

{「仏教とは繋がりがない」とまで言い切ったフーマンの言葉に、ショックを受けた。当初は同じガイダンスの2人の教師、として日本に紹介したフーマンだったが、論理的で瞑想修行を強調するアジズとはあらゆる面で正反対だった。坊主頭のアジズに対し長髪のフーマンと、髪型まで正反対でありどうも霊統そのものが違うと感じていたのだが、ようやくその秘密が明らかになった感じがした。}

フ:もちろん私の悟りは、仏教の悟りと同じエッセンスだ。

しかし私の表現は、神道の表現に一番近い。

神道は非常に純粋だ。

そこに哲学はない。

ただ神聖さとハートと愛と善、それだけがある。

私の場合、それに加えて人間的側面の知恵の部分もあるので、それがハートと混ざっているけれども、、、。

しかし神道のエッセンス、アマテラスのエッセンスは神聖さであり、それだけだ。

あなたは人生のこの時期、私と数年間ワークした影響でこのスペースに導かれた。

あなたはより「神聖なもの」に対してオープンになった。

以前は、サムライだった。

サムライは、神聖なものには開かない。

サムライはいつも「私がする」というスペースだ。

しかし私はあなたを変えた。

あなたは今、アマテラスや五井先生など神聖な真実を持つどんな源泉に対してもオープンになり始めている。

だからこそ五井先生に魅力を感じるのだ。

そこに神道の信仰と同じ源泉があるからね。

仏教は日本に入って来た教えだ。

しかし仏教伝来以前に、神道は既に日本に存在していた。

日本人のハートは、既に神聖な次元に繋がっていた。

しかし日本人のマインドは、仏教哲学に変容されてしまった。

仏教的悟りや瞑想、集中、悟りを達成する修行、解脱等々。

しかし神道ではあなたは初めからいつも神と繋がっている存在であると見なすので、解脱するという概念がない。

そしてあなたは本源の神からやって来たと、この現象世界という夢を体験する為にやって来きたと見なす。

数年前に日本に来た時、日本人の事が解った。

日本人のハートは既に神と繋がっている事を視た。

私がただそれを活性化して開く事で、既にある繋がりを取り戻せば良い。

だからこそ、アマテラスが私の所にやって来たのだ。

それは私という個人的な出来事ではない。

あなたがたをもっと彼女の光へと開くためのものだった。

それは神道エネルギーだが、いわゆる一般的な神道ではない。

神道のエッセンスだ。

神道の形態や教義が入り込むと、それは曇ってしまう。

しかしそうした外側を取り除くと、特に私のワークを受けた後では、神道のエッセンスをダイレクトに視て感じる事が出来る様になる。

ヨガビジャはそれを感じる事ができる。

他にもそれを感じる事が出来る多くの人々がいる。

しかし全員にその用意が出来ている訳ではない。

もっとマインドが落ちてハートが開いた後で始めて、次第にもっとその繋がりを感じる事が出来る様になるだろう。

それが私の日本でのワークの貢献だ。

だから何故あなたが五井先生に惹かれる様になったか、その理由が解るだろう?

例え五井先生を考慮に入れなくても、あなたは同じエッセンスに触れている。

五井先生が繋がっているものと、同じエッセンスだ。

そこから彼のエネルギーがやってくる。

だからこそ、彼の本や講話テープがあなたに共鳴するのだ。

五井先生という本体、彼の哲学ではなく彼の繋がっている本源こそが本当のエッセンスだ。

私がガイダンスと言う時、それは同じ事だ。

私であるもの(that which I am)、アマテラスであるもの、五井先生であるもの、それらは同じ事だ。

>>(9)スピリット(Spirit)