恩寵の扉が開くまで 完結編

(1)私は鏡だ

 {フーマンはセッションのスケジュールをあらかじめ決める事はしない。次回のセッションはその日の最後に告げられる。通常は咀嚼の期間を置いて次回のセッションは数日後となるのだが、今回は珍しく翌日もまた来るように告げられた。 初日にあたる昨日は「神道」の話題で大いに盛り上がったので、その続きを楽しみにして部屋に入りフーマンと向き合った。 しかしそこには、昨日のセッションの始まりに感じた大いなる存在の臨在があるばかりで、昨日の後半に話したはずの神道や五井先生の事はまるで過去生の出来事であるかの様に感じられた。 そして昨日の始まり同様、挨拶も日常会話もなくいきなりセッションは始まった。}

フ:ただ、「今」へと戻りなさい。

「今」へと帰って来なさい。

そして、「自分自身」を見つけなさい。

輪廻転生をする人、生まれて来る人、死んで行く人、これらはどれも「あなた」ではない。

いつでも「今」へ戻るたびに、あなたは「自分自身」を想い起こす。

あなたは、キヨタカという夢から醒める。

その人格、彼の過去、未来から...。

そうして、キヨタカの本当の両親が目覚める。

それはキヨタカという存在の背後にある、本当のパワー、叡智、光の事であり、それが基盤だ。

あなたは、毎回死ぬ必要がある。

マインドとその人生に対して、穏やかに死んで行く。

キヨタカとして存在した時期は忘れ、それを落としなさい。

それは幻想であった事を理解し、その幻想を見て落とすのだ。

あなたがキヨタカであるとは幻想だ。

キヨタカを観照する必要すらない。

ただ、キヨタカを落としなさい。

ゴールはない。

道はない。

修行はない。

ただ、あなたの人生全体、あなたの欲望を明け渡す。

夢を明け渡しなさい。

マインドの織りなすカルマを明け渡すのだ。

あなたが自分自身を想い起こした瞬間に、全ては溶け去る。

道の全て、スピリチュアルな道も修行も、全てが溶け去る。

あなたが自分自身を想い起こした瞬間に、あなたが真実と知っているものだけが残る。

全てのスピリチュアルな道は幻想となる。

なぜなら、あなたは自己のエッセンスを見たからだ。

それは真実という本当の光だ。

あなたという存在の背後にある真実だ。

あなたは真実としてキヨタカの肉体を身にまとい、それ自身を知る為にこの地上に生を受けた。

幻想のただ中で、その事を想い起こす。

忘れてしまった事を思い出しなさい。

そうする事でカルマを完結し、あなたの宇宙的進化の中でより深い意識が目覚める。

得るものもなく、失うものもない。

あなたはいつも「これ」だ。

夢のただ中で忘れてしまっているものを、想い起こす事だ。

私はちょうど鏡のようだ。

あなたが自分自身を見る事が出来る為の、ただの鏡だ。

あなた自身を想い起こしなさい。

そうしてあなた自身に明け渡しなさい。

自分自身を想い起こすと、全てのスピリチュアルな道、全てのマスター達は、まさにこのスペースで出逢う事を知るだろう。

  

>>(2)マインドは力がない