読者の感想
リトリートその後と恩寵の扉が開くまで・完結編を読んで
恩寵の扉を開くまで 完結編 出版おめでとうございます。 サイン入りの本をさっそく読ませてもらいました。 ~フーマンを超えて~という副題がキヨタカさんが真実への旅の末至った地点の本質を豊かに物語っていますね!
本の感想の前に、11月に参加させてもらったリトリートとその後の出来事について書かせてください。 今回のリトリートはいつもに増してハートと親密につながることができました。 特にダイナミックのときに赤ん坊の私が母に抱かれて、ハートでつながっている感覚が鮮明によみがえってきました。
キヨタカさんのリードや質疑に対する答えもハートからのものでしたし、真実を分かち合うことで喜びにあふれているキヨタカさんから発散されるエネルギーが心地よかったです。
後泊の際に、「三蔵法師のように命をかけてインドから持ち帰った経典はヴェーダと何か関係があるのか?」というへんてこな質問をしたりもしました。 それは私がいまヴェーダを習っているからそんな質問をしたのだと思います。
数日後、パソコンでユーチューブを見ているとダライラマの写真があったのでクリックすると何とも言えない美しい音楽が再生されました。 (http://www.youtube.com/watch?v=-c9-XaA2f00&feature=fvw) 調べてみるとIMEE OOI(イミーウーイ)という女性が歌っていることがわかりました。さらに他のサイトで他の彼女が歌う歌を発見して、再生すると・・・ (http://www.youtube.com/watch?v=P2D8epuXla8&feature=player_embedded) 美しい音楽にしばらく聞き惚れていると、突然、奥から嗚咽がこみ上げてきて、涙があふれてきて・・・初めは何が起こったのか理解できませんでしたが、すぐに、KIRAKUの会の時にフーマンの声を聞いた時の体験と同じだ!と感じました。 懐かしさと喜びのあまり魂が震えているのです。
この音楽の正体を調べてみると・・何と般若心経の原典に現代的なアレンジを加えて奏でられた音楽だということがわかりました。
つまりサンスクリット語で歌われているんです。当たり前ですがヴェーダもサンスクリット語。よく聞くと、今ヴェーダで習っている時使う単語と同じものがたくさん使われているんです。
般若心経は仏教のものですが、根源はヒンドゥイズム的な要素とつながっているんだ!ということがわかりました。
それを証明するように般若心経の英訳は「HEART SUTRA」。般若心経の「心」はサンスクリット語の「フリダヤ」を訳したもので、「フリダヤはフリ(宝物庫)+ダヤ(慈悲)=慈愛の宝物庫です」だそうです! まさにすべての根源はハートなんですね。
般若心経に対する知識がほとんどなかったので、ネットで夢中になってその内容を調べてみてまた驚きました。 現在使われている般若心経は玄奘三蔵訳のものが主流であること。
内容にはストーリーがあって、深い瞑想状態ですべてを理解したアヴァローキテーシュワラ(観自在菩薩)がブッダのお弟子さんでもあるシャリープトラ(舎利子)の質問に答えていくというものなんですね。アヴァローキテーシュワラ:うんだからねシャリープトラよ・・・と真理を語っていく構成(なんだか、フーマンとキヨタカさんみたい・・と可笑しくなってしまいました)は、私には、「THIS」の慈悲がアヴァローキテーシュワラとシャリープトラの関係性を通じ全人類にほとばしっているように感じました。仏教ってこんなにハートフルだったんですね。 新しい発見でした。
さて、完結編で私が一番好きな個所はジョンとフーマンとキヨタカさんがシンクロするところです。
ジョンの目からの一筋のしずくは涙でもあり、甘露(アムリタ)でもあったのかもしれませんね。 それにしても、なんて「THIS」は慈悲深いのでしょうか! そして「光を感じたらドアの向こう側に行こうとせず、こちら側にとどまりドアの向こう側にあるものと共鳴(Resonance)した状態でただ在りなさい」というくだりは私にとっても貴重なサジェスチョンです。
ハートのプレゼンスを失わないように、ドアの向こう側にあるものに明け渡すには、ハートの喜びを分かち合うことがシンプルなやり方だと思います。 私に与えられた環境の中で、それを実践していければと。その道は、般若心経の最後の章にある「ギャーテー ギャーテー パラギャーテー パラサンギャーテー ボーディソワカー」につながっているのだと思います。
キヨタカさん、ヨガビジャさん、素晴らしい本ありがとう。 そして恩寵の扉を開くまで完結おめでとうございます!